初めての面接
今日は応募していた事務職の面接の日でした。面接なんて何年振り???久しぶりに緊張しました!19の時の面接は緊張して膝が震えてたっけなー!アラフォーになった今はそうそう膝が震えるほど緊張することはありません。肝が据わってるので(笑)
面接は会議室みたいなところでありました。面接官は二人。所長と総務課長さんって言ったかな。人の良さそうなおじさんでした。(わたしもオバさんw)時間は10分くらい。応募の確認と、勤務条件の再確認(ハローワークの書類にも書いていたけど)、それに履歴書の記載内容の確認とスキルの確認、志望動機について、でした。
履歴書の記載内容の確認については、職歴の確認、どんな部署でどんな仕事をしていたか、子供や住居の確認、スキルについて(パソコン、ワードやエクセルが使えるかどうかの確認)でした。職歴は正職員として働いたものしか記載してなかったので、追加して話すことに。
志望動機としては、夫がUターンするので地元で職を探したいこと、子供も手を離れ落ち着いたので自分も社会と関わりをもちたいことなどを話しました。志望動機って何を話すものなんですかね?ちゃんと考えておけばよかったな!
応募したのが2日、面接が今日。合否も今日連絡があるそうです。早いのね!!!思わず今日ですか?って聞いてしまった(笑)夕方までドキドキです。
猫は最大の癒し
我が家には猫がいます。わたしは大の猫好きでして、常に猫を愛でております。ストレスフルな時でも、猫がいればそれだけで幸せ。ストレスなんか吹っ飛んじゃいます。猫っているだけで本当に癒しなんですよね。
うちにいる猫たちはみんな保護猫。野良猫が生んだ子猫を保護したことから始まりました。4匹保護し、2匹は里親さんを見つけましたが、体の不自由な猫と、息子たちが気に入って手放せなくなった子の2匹が我が家の猫として暮らしています。
わたしはどちらかといえばインドア派なので、猫さえいれば満足(笑)犬派だった夫もいつの間にか猫派になりつつあります。ツンデレなところがまたいいんですよね、猫は。うちの子は特にツンデレが激しく、デレな日はそうそうないですが、冬になり寒くなってきたのが幸いして最近はデレの日も増えてきました。
これから先大変なことがたくさんあっても、この子たちのためにも頑張って働きますよー!母は強し、なのです( ^ω^ )
明日は初面接
夫は今月から有給休暇の消化に入りました。今月はずっとお休み。退職は月末付けということになっています。職場からは一応、月末までいつでも退職届を撤回することはできるので、考えてみてほしいということは言われたらしいですが、当の本人にその気が全くない(笑)ですのでこのまま、今年をもって退職することになります。
夫の実家はもちろんのこと、私の実家の両親も退職には猛反対していて、今も揉めています。あの手この手を使って揺さぶってきますが、もう私たち家族の中では結論が出ているので揺らぐことはありません。ただ、大好きな夫があの手この手で揺さぶられているのを見ると、少し切なくなります。ううん、本当はたぶん、一番これが悲しい。何が悲しいのかはまたゆっくり書きたいと思います。
私も出産後、仕事を辞めました。夫とは職場結婚でした。お互いの親が県外に住まいしており、夫を連れてフルタイム(しかも残業あり)で働くということがどうしても想像できなかった。悩んで悩んで悩んだ末に、夫が辞めろと言ってくれて、私の実家からのうるさい文句にもすべて対応してくれ、私を職場ではなく育児の場へと戻してくれました。誰もが復帰しないと決めたことを反対したのに、彼はすべて自分が決めたことなので、とすべてを自分の責任とし、私を守ってくれたのです。
そんな経緯もあって、私は彼が辞めると決めたなら応援してあげたいと思ったんです。生半可な気持ちで辞めると言っているのなら、それはやめたほうが良いと思った。でも彼が決断をした後は、誰に反対されても私は味方でいようと決めたのです。
それにしても、もう16年も前に私が退職するときに周りの人に言われた言葉と、彼が今言われてる言葉って本当に同じなんです。笑えてきちゃう。あの時彼はどんな気持ちで私をあの言葉から守ってくれていたのかな。今私は彼のために何ができるかな。そんなことを考えています。
ただ、切ないことばかりじゃなく、嬉しいこともたくさんありました。意外な人が熱い言葉をかけてくれることもありました。敵ばかりじゃなかった。応援してくれる人もたくさんいるし、温かい言葉をかけてくれる人だってたくさんいます。何より嬉しかったのは長男がとても理解してくれていたこと、そして彼の兄弟が理解してくれたことでした。応援してくれる人もいる。わかってくれる人もいる。それだけで、今はこの罵詈雑言を聞き流すことができます。
さて。私は明日初面接!本命ではないけれど、一つ面接を受けてきます。久しぶりの早起き!まずは私が職を決めると大きいと思うので、今年中に決めたいと思います。がんばろっと!
味方は家族だけになった
会社を辞めると決めたとき、一番悩んだのは家族にいつどのように伝えるか、でした。
子供達には少しずつ話していきました。最初は、パパが仕事を辞めるって言ったらどうする?という軽いものから。特に高校生の息子には、複数回に分けて、事実をありのままに話すように心がけました。中学生の次男には、上の子ほどは丁寧に話しませんでしたが、わかりやすく丁寧に。聞かれたことには真摯に答える、ということをしました。
仕事を辞めることに理解があったのは長男。最初はバカじゃないの?マジで言ってんの?と驚いていましたが、丁寧に話していくにつれ理解が深まり、夫の気持ちはもちろんのこと、応援したいという私の気持ちをも推し量ってくれるようになりました。もしかしたらこの時点で、親失格だと思う人もいるかもしれない。ですが我が家ではこういう形は当たり前でもありました。親子間に絶対的な信頼があったからこそ、できたことかもしれません。
しかしながら、双方の親は並大抵ではありませんでした。最初から結論が見えていたからこそ、あえて事前に相談はしませんでした。結果が決まってから報告という形をとりました。相談というのは、結論が出ていないときにするものだというのが夫婦共通の認識でしたし、相談できる相手ではないということも理解できていました。田舎に長らくすむ両親。私たちの両親はどちらも公務員で問題なく定年まで勤めあげています。途中で職を辞めることになる、なんてことが理解されるとは到底思えませんでした。また、どのような言葉で反対され、どのような話になるかも想像ができました。だからこそあえて相談しなかったわけですが、それは両親の怒りに火をつけました(笑)
だからって話しておけばよかった、相談しておけばよかった、なんてことは少しも思っていません。なぜなら、話したところで結論は変わらないから。彼らは彼らの感情だけを吐き出しているのであって、私たち夫婦にはあまり関係のないことだと、私はとらえているから。
実際問題、彼らが口にすることはあまりに矛盾していて・・・
例えば、「こういうことはあらかじめ相談するものだ→じゃあ事前に相談すれば辞めてもいいの?→いや、仕事なんて辞めるもんじゃない。子供のためを一番に考えるべきだ」だったりしますし、やたら常識、子供のため、家族のため、という大義名分を出してきます。そこに、私や夫の幸せはない。
「今から再就職できるわけがない」→やってみないとわからない、と私たちは考えていますし、「どうやって食っていくんだ!」→数年仕事がなくても食っていくだけの退職金があるので、バイトなどをしながら食いつなぐことは可能ですし、「これから子供にお金がかかるのに」→まだその時ではないのでその時に考えます、というのが私たち夫婦の意見。これらはすべて、先読みであり深読み。今考えなくてもよい妄想、ただの独りよがりの心配だったりするわけです。
もちろん、有意義な意見も多少はあります。「叶えたい想いがあるなら計画を立ててお金を貯めてからやるべきだ」というのはごもっともな意見だとは思いました。でも、それを今からやってたらあっという間に老後ですよ(笑)子供のことももちろん大事。でも、今自分たちがどう生きていくか。これも同じぐらい大事だと私たちは思うわけです。これは感性の違いでもあるかもしれませんね。
価値観、人生において何を優先するかが全く違う両親たちと私たちの意見が交差することはありません。いつまでたっても平行線のまま。夜中の3時を過ぎても同じことの繰り返し。ただただ不安だけを押し付け、見えない未来を想像してはやめろという。少しも建設的でない。
そして何よりガッカリしたのは、どちらの親も子供を使って私たちを脅して来ようとすること。困っても助けてやらないぞ、子供の面倒は見てやらないぞという、おぞましい脅迫。そして、子供に直接連絡を取り、子供に「お父さん仕事辞めないでって言いなさい」としつこく迫ること。もうね、言葉になりません。
簡単にそうか、じゃあ応援するよ、と言ってもらえないことは理解していましたが、親というあまりに身勝手な生き物に嫌気がさしたのも事実。「おまえのため」「家族のため」という聞こえのいい言葉を使っては、自分たちの考える「幸せなレール」に子供を乗せたい、子供を思い通りに生きさせたい、というのがあからさまで・・・・・私はただただ両親に失望しました。
私たち夫婦の子育てのモットーは、「自己責任」。自分の人生は自分で決める、というもの。どんな結論を選んでも、どんな方法を選んでも、それがあなたの決断なら私たちはいつでも応援するよ、というスタンス。もちろん意見は言いますが。それはあくまで意見。それを採用するかどうかは、子供たちが決めること。我が家は常にそういうスタンスです。
だって、子供の人生は親のモノではないから。子供には子供の人生が、子供なりの選択がある。親の私たちにできることは、子供目線では見えない選択肢を見せてやること、世界がどれだけ広がっているかを教えてやること。そして決断を見守り、必要な時に必要な手助けをすることであって、目の前の小石をすべて拾うことでも、自分たちの思い通りに子供を生きさせることでもない。
何が正しくて何が間違ってるのかなんてわからない。でも、自分の人生の責任が取れるのは自分だけ。誰かのために生きるのではなく、自分のために生きていく、そのために自分で決断をするのだから。
味方は家族だけ。私はこの時、両親の娘ではなく、夫と人生を共にする、文字通り「伴侶」になったのだと心から思いました。娘として人生を歩むのではなく、夫と二人で、私たちのためだけの人生を切り開いていくのだと。
断捨離。
断捨離といえば、最近のブームといっても過言じゃないかと思うぐらい、一日一度はどこかで見るワード。もちろん私もこれまで何度もチャレンジしてきたし、断捨離で捨てたものはたくさんある。
先日受けたセミナーも、セミナーの前置きとして断捨離に関する話がみっちり取られていた。それぐらい、人生にとって断捨離って必要で不可欠なものなんですね。
断捨離の話はまた今度するとして、今、いろんなものを捨てたい欲求に駆られています(笑)駆られている、だけではなく、このまま実行することになると思います。今回はモノだけでなく、ヒトも断捨離しようかと考えています。それぐらい、今の私にはイラナイ関係があまりにも多くなっていることに気づいたので。自分の周りが自分に不要なものばかりで囲まれている。そう思うとものすごく気持ち悪くなってきたのです。これは早めになんとかしないと。
自分が見る世界が変わると、これまで見ていたものの評価も変わります。変わるのは良いことでも悪いことでもなくて。私にとっては変化は当たり前のもの。そこで大切にしたいのは自分の感性なんです。惰性でこのままで良いとするのではなくて、違和感を感じたら、その違和感の原因を探り、自分の居心地の良い状態を作っていく。常にそういう自分でありたいんです。
昨日の私も、今日の私も、今その時の自分に一番良いと思うもの、自分が愛しいと思うもの、大好きなもの、大切なもので囲まれていたい。そのための断捨離、年内に実行します。
あーすっきり!
旅行中に話し合った、いろんなこと
夫が仕事を辞めるといい始めたのは旅行中の出来事でした。車で夫婦二人での旅行中でした。契機となったことは別にあったのですが、この時初めて、夫の胸の内を知りました。また、数か月かけて自分の気持ちと向き合うことになるきっかけにもなりました。
旅行中はただただ感情のままに夫婦で語りました。なぜ辞めたいのか、なぜ今なのか。それしか手段がないのか。今じゃないとダメなのか。どうやって生活していくのか。これからどうしていくのか。子供たちを育てていけるか。ある程度不自由なく生活することは可能か。親はどうやって説得するか。
夫はこれまでもそうでしたが、あまり自分の気持ちを話すことをしない人。わたしはどちらかというと、解決のために口にする。アウトプットしながら結論を出していく感じ。彼は黙っている時間がながく、私はひたすらしゃべっている。なぜ?どうしてそう思うの?を繰り返し繰り返し尋ねていく。それに対する自分の意見を言う。旅行中はほぼこんなやり取りで時間を費やしました。
晩御飯を食べた後、その夜の宿泊先を決めずにただひたすら車を翌日の目的地まで走らせる、ということもしましたね(笑)真夜中の道の駅には思った以上に人や車がいてビックリしました!どこを走ってもコンビニがありますから、道中何か困ることはなかったですね。夫が貝のように黙って困ったぐらいw でもこの時間も本当に貴重な時間になりました。
夫とはだれもがうらやむぐらい仲良しで、いつでも二人でいて。いろんなことを共有してきたつもりでした。でも、私が知らない彼の胸の内はたくさんあった。私も彼に話していないことはたくさんあった。そんなことを改めて知った旅行になりました。
生きていく上でなにを一番に優先させるかは人それぞれですが、私は夫を、夫の気持ちを優先させたかった。何より彼に、彼らしい、後悔のない人生を歩んでほしかった。結局はそれが、私が彼を応援する理由となり、彼が退職を決意するきっかけにもなりました。
夫が仕事を辞めたら、苦労するに違いない。子供にだって窮屈な思いをさせるかもしれない。つらい思いもさせてしまうかもしれない。でもそれでも、今やりたいことがあるということ。今しかやれないことがあること。たくさんの選択肢をひとつひとつ精査していく長い長い夫婦共同作業が始まりました。
夫が仕事を辞めると言い始めたときのハナシ
夫が仕事を辞めるといい始めたのは今年9月。それはちょうど私の誕生日の翌日から出かけた夫婦久しぶりの旅行の際の出来事でした。
なにも楽しい旅行中にこんなことにならなくてもよかったのに、とその時は思ったのですが、旅行中って非日常の生活で、時間と余裕がたっぷりあり、夫婦二人だけの旅行でしたから夫婦だけで話せる時間しかなく。結果的にはすごくプラスに働いたような気がします。
旅行中でしたから、私は楽しいことばかり想像していたし、美味しいものも食べていっぱい笑っていっぱい楽しんで・・・・と思っていましたから、もう、ね(笑)想像してもらえればわかると思うのですが、まさに青天の霹靂ですから私自身もかなりパニック状態でした。
夫が仕事を辞めると聞いて一番最初に思ったこと。
『どうやって食べていくの?』
食べていく方法なんていくらでもありますよ。生きていく方法なんて、無数にある。選ばなければ仕事だってたくさんある。最低限生きていくためのお金ぐらいは死ぬ気になればいくらでも稼げるでしょう。だけどその時の私は、長年ぬるま湯につかって生活してきて、何不自由ない、なんの苦労もなく「妻」「母」をやってきたわけですから、とにかく不安しかなかった。
毎月決まった額のサラリーを夫が持ち帰ってくることは私にとって当たり前すぎることで、それが突然なくなるかもしれない、なんて想像もしたことがなかったからです。
でもどこかで、彼が仕事を辞めることになるんだろうなということは、この時点で分かっていたのかもしれません。でも私はそれを認めたくなかった。なんとかして彼の暴挙を止めなくては。なんとか思いとどまってもらわなくては。そのためにどうすればいいか、自分がどう動き、どう働きかければ彼の思いがとどまるだろうか?そればかりをひたすら考える日々が始まったのです。
生きていくためにはお金が必要。
私たちが何不自由なく生活していくのに必要な最低金額はいくら?
最初に考えたのはココでした。
辞めるのか辞めないのか。それは現状を把握することから始めなければ、到底決められないことだったのです。